WIND BENEATH MY WINGS

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『多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない』

2008-03-18 21:59:51 | どうにもカテゴリーわけできません。
「人間ならば誰にでも現実のすべてがみえるわけではない。
多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」

と言ったのはユリウス・カエサル

塩野七生氏の好きな言葉であるため、
ローマ人の物語」を読んでいると、
何度も登場します。

そして
「冷徹」と「冷酷」は違うというのも塩野氏の
持論のようです。

さて、現在でも、月の名前として残っているローマ皇帝は、
ユリウス(7月)と、アウグストゥス(8月)
のふたりだけ。
一時期は乱立したようですが、淘汰されて残ったのは
このふたり。

それにしても、全く違うタイプではありながら、
天才的政治家がふたり連続したというのも
凄いことだと思います。

全く軍事的才能がなく、身体も超弱い、
オクタビアヌス・アウグスストゥス
政治的才能を見抜いたカエサルはそういう意味でも
天才だったのね~。

そして塩野先生曰く
「人間ならば誰にでも現実のすべてがみえるわけではない。
多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」
ということを
もしかしたら、ユルウス・カエサルよりも
実践したのが、
このオクタビアヌス・アウグストゥスだと
思えます。

紀元前27年1月13日、オクタビアヌスは元老院で、
全特権を返上し共和制復帰を宣言する演説を行いました。
元老院は驚喜。
でも実際には、
この時放棄した特権とはすでに有名無実化しているものばかり。
本当に上手いもんです。

共和制復帰宣言からわずか3日後の1月16日、
元老院は満場一致でオクタウィアヌスにアウグストゥス(尊厳者)
の称号を奉じ、
国の全権を掌握するよう懇請したそうです。

慎重なオクタウィアヌスは、
すでに政敵がいないにもかかわらず、
一度権力を返還し、
元老院によって再び譲渡されるという形式をとりました。

こうして共和制は元老院議員達には気付かれないうちに
ファジーに終焉し、古代ローマは帝政に移行。
すごいビミョウなバランスの上に成り立った帝政ローマの
はじまりだったんですけど、
普通の政治家だったら絶対こんなビミョウなこと
できませんよねって。

パクス・ロマーナ」を確立して、
人気も実力もあった
アウグストゥスですが、
実は冷徹にいろんな改革をやっています。
でも偽装が上手いので、
あんまり反感をもたれず、
カエサルみたいに殺されることなく、
多くの仕事を成し遂げました。

塩野先生曰く
「人には見たい現実をみせておき、
自らは見たくない現実を見据えて生きた人生だった」
とのこと。

そういう意味では
彼の人生は実際の戦闘にあけくれたカエサルと同じくらい
闘いの連続だったことでしょう。

「人間ならば誰にでも現実のすべてがみえるわけではない。
多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」

これは事実だと思います。

そして
「見たいものだけを見るか」
「見たくないものも見るか」

自らが選択することでしょう。

「見たいものだけしか見ない」人を
責めたり、
無理やり見たくもないものを見せるのは、
現実的ではないのかもしれません。

それにそういう人は
見せても見ませんからね。

それならば、
見たいと思う現実をみせておけばいい。

これはひとつの選択であり、
覚悟であると思ったのでした。

どこまで見れるかという能力は別として
「見たくない現実を見ようとする」
人間ではありたいと思います。

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